解錠/施錠

走り書き

  意識の明滅を意識する。入れ子構造の意識と共に日付を跨ごうとしている。

 

 出窓から気怠く侵入する雨音が微かに耳を掠めては消えゆく。この有限の夜を記憶に刻もうと、幾層もの殻に籠った最奥の意識であるところの、何かしらの欲求が眠たげに働き出す。無意識という卵から足を突き出して。

 

 この世の全てが暴力だった。密かに生を絶てればいいと何度も考えた。それを嘲るかのように、手に取った文庫本は死を渇望しつつも生に固執する青年の話をべらべらと語った。生にも死にも関心を示さない電車の乗客たちは、もぬけの殻そのものであった。

 

 ふと自分のことを顧みる時間がある。その度に自身のことをなんとも滑稽な道化だと断定する。他人に求められる私の偶像を、他人の思い描く私のイデアを私は演じようとする。一寸でも違えば私には絶望が押し寄せる。私の予測する他人の意識と私の欲望は常に、ほんの僅かに足並みが揃わない。その寸分の誤差が網目状の苦悶となって私に降りかかる。真綿で絞めるように、その苦悶は私を拘束する。そして動けなくなる。何も喉を通らない朝と、身動きの取れない昼と、諦めの夜と。明日は諦めと放棄を持って静かに苦悶の網へ鋏を入れることとする。

 

 先刻まで読んでいた本に思いを馳せる。私たちは生きている限り個別の存在で、不連続で、その不連続なものに連続性が生まれる瞬間が死であると説かれていた。私は心中する恋人たちを思い浮かべる。互いの間に前提としてある不連続性を超克するための、その手段としての死。死そのものは些末な事象で、その先の連続性を獲得することを目指した心中。尊く甘美な響きと情景で私を魅惑する心中と不連続の克服。しかし、私はその誘いに背を向ける。不連続だからこそ私は人を愛する。死による永遠よりも生きた有限の貴方を見ていたい。ちょうど今、終わると分かっているからこそ寂寥の香りを湛えて迫りくる雨の夜が私を包摂しているように。生命を全うする貴方を、その僅かな数十年を見つめたい。

 

 永遠にも似た一晩を、幾人もの人間と過ごした。誰も私のもとには留まらなかった。追うものは醜いと思い込んでいるから、私は去る者を追わなかった。これからもそれは変わらないだろう。だけど、貴方のことだけはいつまでも覚えているという確信を抱いて毎晩眠りにつく。否、眠りにつこうとしては失敗し、静かに涙を流しているのだ。もう顔も思い出せない無数の顔を忘却の彼方へ追いやろうとする午後の昼下がりと、ただ一人を見つめる夜を重ねて、私はまた、ごみくずの中で育つ草花の如く悪臭とけばけばしい彩を重ねていく。穢れの中で醸成された、穢れなき魂を携えて。硬い殻を纏うその魂だけは、誰にも売り渡さないことを誓って。